闘将野村「新経営論」第17回|著名人|住生活を支える新聞株式会社のWebマガジン
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2018.05.21

闘将野村「新経営論」第17回

闘将野村「新経営論」第17回
『敵を知って己を知れば100戦して危うからず・マーケティングの極意』

-敵を知るために、野村監督はライバル投手の情報収集を始める-3割打てるようになっても、みんなそれを真似しようとしなかったのですか?
野村 そういうのを敵に知られないようにしていたからね。今はビデオがあるからあれだけど、16ミリしかない時代に相手のピッチャーの投球フォームも16ミリで撮ってもらって、それを現像して擦り切れるくらい見た。それが大投手の稲尾(※1)攻略に繋がるんだけどね。
 当時は嫌味なことばっかり言う監督でな、「おはようございます」って挨拶したら、「お前は安物ピッチャーはよく打つけど一流は打てんの!」って言われて。当時の西鉄ライオンズはライバルチームで、常に優勝争いしているチームだったから、そこのエースの稲尾からは打ててないのよ。
 でも当時はボールを握る手が見えたからね。だからそれをやって癖を掴んで稲尾攻略に成功したんだよ。そしたらオールスターの時にエースの杉浦(※2)が馬鹿で、企業秘密を稲尾にばらしやがって。稲尾・杉浦・俺と三人で座ってセリーグのバッティング練習見てたの。そしたら杉浦が急に稲尾に、野村はよ~く研究してるって言うの。

-そしたら向こうも次から対策もしてきますよね。
野村 稲尾の顔色もパッと変わってヤバいって思ったんだけども。気が付いてないと思ったんだけども、さすがエースだから勘はいい。オールスターが終わって初めての対決の時、いつもの癖でこういう右手だから100%インコースじゃないっていう癖をチェックして見逃したんだよ。アウトコーススライダーのはずがビューンとインコースにシュートが来て、ビックリして稲尾見たらニタ~っと笑ってて、「あばれたわ!」ってね。
それ以来、稲尾が各球団のピッチャーに「最近のバッターはピッチャーのボールの握りまで見て打ってるらしいで」って噂を流して、それで今みんな隠すようになったのよ。

-やりづらくなりますね。
野村 でも執念っていうのはすごいなと思って、隠しても癖は出るんだよ。やっぱりストレートと変化球の握り方は変わるから、大体こうしてサイン見てクルクルってグローブの中で回すと動くじゃん。それと振りかぶってこれが少し長く出る癖の人もいたし、頭の上でこの距離が長いと真っすぐで短いと変化球とかって、あらゆる方向で癖を見抜いて。それをしないと俺は不器用だから打てない。
 俺はオールスターズ・日本シリーズで打てない、大試合に弱い野村って言われてセリーグのピッチャーは分からないじゃん。日本シリーズで癖がわかった時にはもう終わってる。あの時は嫌だったな、大試合に弱い野村って言われた時には頭にきたな。


経営も一緒である。どれだけ相手の戦力を収集し、相手の弱いところを突いて価値に持っていくかである。そう意味で、野村監督の戦略は利にかなっている。すべての球種に強くなる必要はないのだ。

企業を強くするには、いくつかのポイントがある。

①自社の能力を高める(ブランド力。営業力。商品力)
②相手のシェアを落とす(先方の広告を見て、それよりも安い金額で広告を打ったり、先方の営業マニュアルを理解したうえで、先方の商品よりも優る事、そして先方の商品にはできない事柄を理解して営業する)

企業経営では、①と②を同時に行わなければならない。

 現在の経営はデジタル化に伴い、スピード経営と言われるようになった。大きな利益を出すためには、相見積もりにならない圧倒的なシェアNo.1を取らなければならない。シェアを取り合っているときは、利益を削りあっているので儲からない。一度、No.1シェアを取ったらそれに胡坐(あぐら)をかくことなく、新製品やサービスを出し続け、ライバル会社にこの事業から撤退してもらうか、頃合いを見て「下請けになりませんか?」と手を差し伸べるのである。
 この手法をされると、2番手・3番手の会社は利益をすり減らしながら仕事をして行くしかないのでじり貧になるのである。では、2番手・3番手はどの様にしたら良いのだろうか?
 相手企業の一番儲かっている商品(サービス)を利益なしで販売する。その代わり相手のあまり得意としていない、シェアの少ない商品の所を自社の得意分野として利益を上げるのだ。理由はこうだ。

 No1企業Aに対して企業Bはシェアがその10%とする。A社は価格1万円、利益2000円の利益が出るものを年間100万個販売する。一方B社も同じく、価格1万円、利益2000円の商品を10万個販売しているとする。
商品が似たようなものであれば、お客様は価格で選ぶ。B社が価格1万円のものを7980円で売り始める。20円×10万個で200万円の赤字である。しかし、B社にとってこれは広告宣伝費である。

「当社の商品は、A社と変わらない品質で1個2020円も安いのですよ」

 A社もシェアを取られるのを黙って指をくわえて見ているわけにはいかず、さらにお客様からの要望もあるため仕方なく値段を合わせる。20円の赤字×100万個=2000万円の赤字である。それ以前は利益が2,000円×100万個=20億円利益が出ていた会社が、その利益が出なくなるのである。大企業ほどドル箱の商品を狙い撃ちされると弱い。20億円の利益を失うので、リストラや広告費の削減、資産整理…という道を選ばざるを得ない。
 
 B社にとって、利益が出なくなった商品はお客様を呼ぶための撒き餌商品であり、No.1企業よりも安く売る会社として、ブランド価値まで得ることができる。A社の最も不得意とする商材を利益の上げられる商品にして、商品シェアをNo.1にしたら良いのである。
 マーケティングと戦術の基本的な考え方だが、ほとんどの会社がマーケティングまでは行うが、それから先のライバル会社のシェアを減らす作業まではしていない。これは地域の商売にも同じことが言える。近隣に同じような店舗や商売がある場合に、相手が主力商品で利益を取れないようにして身動きを取れなくし、自社の地域のシェアを取るのである。

(※1)稲尾和久
多くの逸話を残してた選手であるが、一番有名なセリフが、「神様、仏様、稲尾様」だろう。読売ジャイアンツと対戦した日本シリーズで、稲尾選手は7試合中6試合に登板し、第3戦以降は5連投。うち5試合に先発し4完投。優勝する。
野村監督は、稲尾選手の変化球による絶妙な左右への揺さぶりと、その完璧な制球力を絶賛しており、「技巧派」の投手の代表格として稲尾の名前をあげている。直球については「稲尾のストレートは当てられないほどではないが、凡打、三振させられてしまうのは、その球質に原因がある。球速、球威が最後まで衰えない、いわゆる『球がホップする』球質なのである。稲尾の球速は145キロ程度、しかし手元でよく伸びてくる。体感速度が速い。『来た!』と思ってバットを振ったときには、すでに手元までボールが来ている。だから差し込まれてしまう」と語っている。

(※2)杉浦忠
 1959年一の大きな伝説を作っている。南海vs巨人との日本シリーズで、南海の鶴岡監督は、これまで一度も巨人に勝っていなかった。しかしエース杉浦忠が巨人の前に立ちはだかる。杉浦忠は、第1戦の先発で8回、第2戦5回からリリーフで完投、第3戦は先発で延長10回を完投、第4戦も先発で9回を完封と4連投4連勝を実現させたのです。
杉浦選手は、史上最強のアンダースロー、立教三羽ガラス、幻の大リーガーなどの多くの称号を残しました。野村監督も「杉浦忠のボールは右打者の背後からカーブが曲がってくる、そして背中を通る軌道がストライクになる」という言葉を残したほどの大エースでした。